prologue
国王 シャリヤルはその場で立ち尽くしたまま、ただ沈黙を守っていた。
長く伸びる剣の刃からは鮮血が滴り、少しずつ床にこぼれ落ちている。
唇がわずかに動いたが、やはり何も発することはなかった。

「・・・」

国王 シャリヤルの視線は、虚ろに床へと・・・今しがた自らの剣で斬りつけた二体の死体へと向かっている。
一つは、汚らわしくそして、強欲な王室の下僕だ。

もう一人は・・・数時間前まで誰よりも、何よりも愛していた自分の王妃だった。

二人は不浄な関係をもっていた。 

(汚らわしい・・・)
言葉には出さない。

国王 シャリヤルは考えていた。 
静かな湖の如く清らかな目を持ち、白鳥よりも高貴な王妃だった。
それなのに、そんな王妃が自分を裏切って不浄な関係をもっていたとは・・・こんなにも醜く汚い姿だったとは!

「・・・それとも、汚らわしい人間として産まれたからこそ不浄な関係をもったのか?」

国王には分からなかった。

王妃の不義にショックを受けた国王 シャリヤルは幾ばくの歳月が過ぎようとも、何度も何度も考え続けた。
だが時間が経つほど国王の怒りはよりその強さを増していく。

「女とはどうしてこんなにも醜い存在なのか。」

堂々と大人しいふりをして・・・そしてその中に隠れている貪欲な本性!
自分を暖かく見守っていた王妃の微笑みと、汚い下僕とカラダを混じり合わせながら安っぽく笑った人間が
同じ人物だなんて、認めることができなかった。 

いや、許せなかった!
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国王 シャリヤルは決断を下した。

それは毎晩王国の純潔な女性を抱いては、翌日、その首を落とすという悲劇的でもありながらも断固とした決断・・・

決断の日から王国の純潔な女性達は毎晩一人ずつ王の寝室に呼ばれた。
そして純潔の証を失った女性達は朝日が昇る頃と同時に・・・命を絶たれた!

愛の行為の中、快楽に満ちた顔で自分を見つめるその淫靡な瞳が気に食わなかった。
自分の胸に抱かれ「愛している」と囁く女の上辺の言葉にひどく吐き気がした。

純潔の証を失った女の顔に、王妃の顔が重なり、国王 シャリヤルは彼女達を軽蔑し、殺し続けた。

誰ひとり逃れることなく・・・

愛娘を無くした親、兄弟、そして国民達は深く苦しみ、王国に慟哭が絶えることはなかった。
しかし、王の虐殺劇は終わることなく、それから三年近くも続いたのであった。

王国から純潔な女性自体が少なくなり、国民達の憎しみも極限に達しようとしたある年のこと・・・
成人になった大臣の娘 セラザードは、自ら国王 シャリヤルの犠牲になろうとしていた・・・
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長い旅の末、あなたはアラビアに向かった。

終わりの見えない退屈な砂漠を渡り歩き、バグダッドに辿り着いたあなたは国王の下へ訪れ、
疲れ果てた身体を少し休めさせてください、と頼んだ。
他国の人間を信頼しない国王は最初はあなたを警戒したものの、
次第にあなたが聞かせていた数々の武勇談の虜となり、休む事を許した。

国王の許しと潤沢な金貨の入った贈り物を受け取ったあなたは、
宮殿を出ようとした時、一人の女性と出会う。

もの悲しげな表情で立っている女性の姿に、あなたは何かに惹かれたように近づいて行った。
彼女は見慣れない出で立ちのあなたを警戒するが、

「自分は国王から来賓客として迎えていただいた」

というあなたの言葉を聞き、すぐに疑いの視線はなくなった。

「私はセラザードと申します。」

「セラザード、なぜ貴女はそこまで悲しそうな顔をしているのですか。
よろしければ私にその理由を話してくれませんか?」

一度はあなたの言葉を断ったセラザードだったが、真摯に迫るあなたに負けてしまい、
彼女は心の奥底にある悩みを話しだした。

彼女の声はとても落ち着いていたが、話が進むにつれ、あなたの顔は驚きに満ちていく。

国王の怒りが原因となり三年もの長き間、王国中の若き女性達が犠牲となっていたとは・・・
国王の怒りに同情はするが、国王が行った蛮行はあまりにも愚かで残酷な話しだった。

「だから、他の人々の犠牲を少しでも止めるために自ら希望した、と?」
 
セラザードは何も言わず頷いた。今年成人になった彼女は王の条件を満たす事ができるのであった。
父親の権力で逃れられることもできたにも関わらず、死にゆく他人のために自ら志願したのである。
だが、今夜を過ぎると彼女も死から逃れることはできない・・・
 
「命は惜しくないのです。覚悟はできています・・・ 私を最後として国王が、
心を取り戻せさえしたら・・・ただ神の恩寵を願うばかりです」

「・・・・・・」
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自分の犠牲を最後にこの惨劇が終わる事を祈るセラザードの前で、あなたは何も話すことができなかった。
しかし、あなたの中で揺るぎない決意が瞬時に全身をよぎる。

国王を、この悲劇を何としても止めなければならない。そして・・・セラザードを助けたい。

「そういえば・・・」

あなたの武勇談に対し強い好奇心に満ち、耳を傾けた国王の姿が浮かんだ。

「私に名案があります。」

高い場所で一日中大臣たちと政治の話しをする国王の日常は陰鬱で退屈に満ちていた。
そんな国王にとって異国の冒険家の武勇談は実に興味深い話だったのだ。

もしセラザードがそんな貴重な話を国王に話すと、国王も彼女の話しに耳を傾けるのではないか?

「寝室で国王に話を聞かせてください、そして夜が明けたとき、話を止めてください。
そうすると残りの話が気になった国王はあなたを生かし、また話を聞こうとするでしょう。」

「でも私が知っている限りの話しでは、そこまで神秘に満ちた話はございません。」

子供の頃から様々な本を読んできたセラザードだったが、やはり彼女も王国の中で生きた身だった。
彼女が知っている話は、他の人も知っている話ばかりである。
そんな彼女に王が関心を持つ興味深い話しなどあるわけない。

「心配しないで、物語は私が用意します。」

あなたは微笑み、そして・・・

「私は冒険家ですから。」

国王の怒りと悲しみで起きた悲劇的な事件と、死の前に立ちはだかろうとする女性との出会い。
あなたの冒険は、このアラビアの中心で再びスタートしようとしている。
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